スイスの名店「MAME」の成功の秘訣と、そのコーヒー哲学とは!?──WBrCチャンピオン 深堀絵美さんインタビュー
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スイス・チューリッヒ発のスペシャルティコーヒーブランド「MAME(マメ)」。
世界大会優勝経験を持つバリスタ・深堀絵美さんが、ブランド立ち上げの背景、競技会から得た学び、そして“記憶に残る一杯”を届けるための哲学を語ってくれました。
この特別インタビューシリーズでは、MAMEが生まれた原点から、世界中のゲストを魅了するレシピの裏側、ブランディングとマネジメントの思想に至るまで、4回にわたりその核心に迫ります。
スペシャルティコーヒーに関わるすべての人へ──「なぜ続けるのか」「何を届けたいのか」を見つめ直すきっかけとなるシリーズです。
【Part1】“世界大会の味”を日常に──MAME深堀絵美さんが語る、挑戦の哲学
スイス・チューリッヒを拠点に、世界中のコーヒーファンを魅了するスペシャルティコーヒーブランド「MAME(マメ)」。その共同オーナーであり、バリスタチャンピオンとしても輝かしい経歴を持つ絵美さんが、ブランド誕生の背景と一杯の価値にかける想いを語ってくれました。
■ 世界大会の味を日常に届けたい──「MAME」の誕生
MAMEのスタートは2017年。絵美さんとパートナーであるマシュー氏の、「世界大会で提供されるようなトップレベルのコーヒーを、一般の人にも気軽に味わってもらいたい」という思いからでした。世界大会でチャンピオンを目指した経験を持つ二人にとって、スペシャルティコーヒーは“特別な人だけのもの”ではなく、日常の中で感動を共有できるツールでもあります。
■ 価格の壁を越えて伝えたい、“本物の味わい”
スイスのMAMEでは、通常価格で1杯1000円ほど、高いもので5000円に及ぶコーヒーも提供されています。その背景には、希少性の高い豆を扱うだけでなく、それぞれの店舗や顧客層に合わせた最適な体験を設計する努力があります。
「美味しいものは嘘をつかない」と語る深堀さんは、一人ひとりの予算に寄り添いながらも、「一度その味を知ってしまうと戻れなくなる」という体験を意図的に設計しています。だからこそ、お客様の約6割がリピーターになるというのも頷けます。
■ 他と何が違うのか——答えは“忍耐”と“観察”
「スペシャルティコーヒーを知らないお客様でも、最高の一杯を出し続ければ、10人に1人は『ここじゃないとダメ』という存在になる」。
この信念を支えるのは、目の前のお客様をじっくりと観察し、反応を見ながらゆっくりと価値観を育てていくという“忍耐”の姿勢です。
MAMEが大切にしているのは、急成長や拡大ではなく、目の前の一杯の価値を高め続けること。その結果、2023年にはキャデラックとのコラボや、他都市での出店オファーが舞い込むなど、世界的ブランドとしての認知も高まっています。
■ 「私たちの味じゃないと嫌」——そんな存在であり続けたい
2023年時点で、MAMEはスイス国内に5店舗と焙煎所を構えるまでに成長。スタッフは30名に達し、そのほとんどが多国籍チームで構成されています。
「日々進化し続けるお客様の好みに寄り添いながら、より深い体験価値を届ける。それが、私たちのブランドの使命です」と語る深堀さん。
世界大会での挑戦から始まったMAMEの物語は、今もなお「一杯の記憶」を通して、多くの人の心を動かし続けています。
【Part2】すべては大会から始まった──「好き」が導いた世界への扉
Part2では、バリスタとしての原体験から、MAME設立の原動力となった“大会との出会い”、そして現在のコーチング活動に至るまで、リアルな歩みを語っていただきました。
■ すべては大会から始まった
旅行会社に勤めていた2014年。偶然参加したカッピングイベントで、スペシャルティコーヒーの多様な味わいに衝撃を受けた絵美さん。イベントの片隅で世界大会に向けたトレーニングをしていたスイスチャンピオンの姿に強く惹かれ、「もっと知りたい、作れるようになりたい」という想いが芽生えました。
そこから半年間、毎日仕事終わりに練習を重ね、翌年には初出場・初優勝でスイス代表として世界大会に出場。その情熱は、“憧れ”から“挑戦”へと変わっていきます。
■ 「大会に出れば、世界が見える」
大会は自分の抽出技術を磨くだけでなく、世界中のナショナルチャンピオンと出会える場所。「大会がなかったら、今の自分も、MAMEもなかった」と語る絵美さん。
2015年のWBCシアトル大会で、阪本との出会いも生まれました。
その後も複数回の世界大会出場を経て、彼女の視野はますます広がり、バリスタという職業の可能性を強く感じるようになります。
■ コーチングにかける想い
現在は自身が大会に出場する立場ではなく、次世代のバリスタたちの育成やサポートに注力。世界一を目指して努力する仲間の背中を押すことが、自身の役割だと考えています。
「大会のステージは神聖な場所。150%の力で挑む覚悟がないと、立つべきではない。」
だからこそ、自らがステージに立つのではなく、本気で挑む人を全力で支える側に回る──。そのスタンスが、今の絵美さんのあり方を象徴しています。
■ 世界の最前線とつながり続ける理由
出場はしていなくても、大会に関わり続けることで、常に最新の技術や知識に触れられる。それが、MAMEの品質のアップデートにもつながっています。
焙煎の進化、新しい生産地との出会い、選手たちの創意工夫──。
そのすべてが、スペシャルティコーヒーの未来に向けたヒントを与えてくれるのです。
■ コーヒーを通じて人とつながる喜び
「コーヒーには、誰かの人生を動かす力がある。」
世界を舞台に活躍する今でも、日本のコーヒープロフェッショナルとの交流を楽しみ、自らも学び続ける姿勢を貫いている絵美さん。
大会で出会った仲間たちと築いた絆、そして“あの時の衝撃”が、今もなお彼女を突き動かしています。
【Part3】“チャンピオンシップコーヒー”の真価──誰でも美味しく淹れられる、一杯の設計
今回はMAMEが誇る最高品質のロットを用い、絵美さんが抽出レシピや豆選びの基準、そして誰でも再現できる味わい設計の工夫について、実演を交えて語ってくれました。
■ 世界基準の豆を、家庭でも味わえるように
深堀さんが今回紹介するのは、パナマ・ボケテの名門ジャンソン農園から買い付けたウォッシュド・ゲイシャ。MAMEが毎月提供している“ミステリービーンズ”にも選ばれた、限定30kgのロットです。
「これは“チャンピオンシップコーヒー”というカテゴリーに位置づけられる特別な豆。ナショナルレベルどころか、世界大会でも使用されるほどの品質」と語る通り、希少性も味わいもトップクラス。
とはいえ、MAMEの哲学は“誰でも美味しく淹れられること”。お客様が家庭で再現できるよう、再現性の高いレシピとブレにくい抽出設計がなされています。
■ 繊細なゲイシャには、繊細な焙煎と抽出を
ジャンソン農園のゲイシャは「豆が柔らかく、火の通りが非常に早い」のが特徴。そのため絵美さんは、焙煎の際も火入れのタイミングやプロファイルを慎重に調整し、「焦がさず、でも芯まで熱を入れる」アプローチをとっているそうです。
また、焙煎からの熟成も重要で、「焼きたてすぎるとシャイな印象になるので、2週間〜1ヶ月後がピークになることが多い」といった、実体験に基づく知見も共有されました。
■ 誰でも美味しく淹れられる“超シンプルレシピ”
抽出に使用されたのは、イマージョンとドリップのハイブリッド抽出が可能な「GINA」というドリッパー。
バルブを閉じて30秒間イマージョン状態をつくり、そこから300gのお湯を一気に注いで2分半で抽出完了。難しいテクニックや“のの字注湯”は不要で、バリスタ30人が使っても味がブレにくい設計です。
この“フレキシブルだけど芯がある”抽出スタイルこそ、深堀さんが競技会でもお店でも重視している哲学の表れ。「誰にとっても再現しやすいけれど、ちゃんと一杯に美しさが宿る」──それがMAME流の美味しさです。
■ ゲイシャらしさを超えて、「心を整える一杯」に
味わいは、まさに王道のウォッシュド・ゲイシャ。
ピーチ、オレンジ、ジャスミンといった華やかなトップノートの奥に、煎茶やグリーンティーのような落ち着いたニュアンス。深堀さんは「コーヒーをたくさん飲んできた人が、最終的に戻ってくる味」と表現します。
最近は発酵プロセスのインパクトが強い豆が主流になりつつある中で、こうしたクリーンで繊細な味わいは逆に新鮮。
「これは、飲む人の心を静かに整える一杯」──競技用の派手さではなく、日常の中にそっと寄り添う味わいが、ここにはあります。
【Part4】衝撃の“メロン風味のコーヒー”──香りと味が語る、発酵系コーヒーの最前線
伝統的なウォッシュド・ゲイシャとは対極にある、華やかで香り豊かな“発酵系コーヒー”。Part4では、コロンビア産の発酵プロセスのカトゥーラ種を紹介。世界大会で準優勝を飾ったバリスタが使用した豆を用い、最先端の味づくりとプロセスの本質を語ります。
■ チャンピオンの一杯、香る“メロン”
今回取り上げるのは、コロンビア・フィンカ ミラン農園のカトゥーラ種。2023年の世界大会で、MAMEのヘッドバリスタ・ダニエリが準優勝を果たした際に使用された豆です。
グラインド前から香り立つのは、まさに“夕張メロン”そのもののような濃密な香気。飲むとストロベリーや花の印象も重なり合い、「メロンキャラメル」「メロンアイス」といった比喩がぴったりの個性を放ちます。
■ インフューズドとの違い、正しい理解
「これ、本当にインフューズしてないの?」と疑われるほどの華やかさ。しかし深堀さんは、「あくまで発酵による香味変化であり、香料やジュースなどを加えるインフューズとは違う」と明言します。
このコーヒーは、農園で独自に採取・培養された酵母とバクテリアを用いて、タンク内で発酵を行う“マイクロバイオーム設計”によってつくられたもの。生産者アンドレスさんの「品種の個性を最大限引き出し、新しい価値を創造する」挑戦の結晶です。
■ 豆の個性を活かす焙煎と抽出技術
強烈な香りを持つ一方で、飲み口は意外にもクリーンで滑らか。深堀さんは「香りは強くても、クリーンカップは添加できない。だからこそ、雑味のない味づくりには細心の注意を払っている」と語ります。
発酵によって変化した豆は通常より焦げやすいため、焙煎では火の入り方を調整し、ガス抜きも丁寧に実施。抽出レシピはPart3と同様、20gの粉に対して300gのお湯を使用し、2分で抽出完了する“シンプル設計”です。
■ 未来を見据えた「エンターテインメント性のあるコーヒー」
MAMEでは、伝統的なゲイシャのような“静かに心を整えるコーヒー”だけでなく、「初めて飲む人の心を動かすような、エンターテインメント性あるコーヒー」も重要視。
「高品質=透明感」だけではなく、「驚き=価値」でもある。そんな多様な価値観をコーヒーに込め、次世代のコーヒー文化を模索しています。
■ アジア産コーヒーの台頭にも期待
最後に絵美さんが言及したのは、中国やタイ、台湾などアジア産コーヒーの成長。これまでパナマやエチオピアに注目が集まりがちだった中で、「近くて行きやすい産地が美味しくなってきている」ことへの期待を語ります。
「美味しいものを、もっとたくさんの場所に」。それが、世界を舞台に活躍するMAMEが目指す“コーヒーの未来”です。