ミカエル・ジャシン──“マインドフルネス”で世界一へ。インドネシア初のWBC王者が語る、挑戦と挫折、再生の10年
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2024年、韓国・釜山で開催されたWorld Barista Championship(WBC)で見事世界一に輝いた、インドネシア代表 ミカエル・ジャシン(Mikael Jasin)氏。本インタビューシリーズでは、彼がWBCの舞台に立つまでのキャリアの軌跡、葛藤と決断、そして勝利の裏側にあったコーヒー生産者たちとの共創の物語を4部構成でお届けします。
【Part1】世界チャンピオンになるためには?生産国のバリスタとしての葛藤。
2024年、韓国・釜山で開催されたWorld Barista Championship(WBC)において、インドネシア代表として世界一に輝いたミカエル・ジャシン(Mikael Jasin)氏。彼がCOUZOU Coffee Channelに登場し、自身の競技人生、インドネシアのコーヒー業界の現状、そしてWBC優勝に至るまでの苦悩と決断を語ってくれました。
■初来日の印象と日本のコーヒー文化
ミカエル氏が来日したのは今回が初めて。イベント「SCAJ」での体験について、彼は次のように語ります。
「日本は初めてですが、すごく素晴らしい体験でした。日本のコーヒー文化はアートのようで、最高の一杯を目指す姿勢がとても印象的です。」
特に、日本のロースターやバリスタとの交流、日本の地で淹れられたコーヒーを味わうことに感動した様子が印象的でした。
■インドネシアのコーヒー産業とWBCでの選択
インドネシアは生産国でありながら、国内消費も非常に盛んな国。バリスタたちも国内外のコーヒー豆を扱うことが可能で、柔軟な輸入政策がイノベーションを生んでいるといいます。
しかし、ミカエル氏はWBCにおける使用豆の選択で、たびたび葛藤を経験したと語ります。
「過去の大会では、100%インドネシア産豆、30%だけ、そして今回のように0%という選択もしました。」
2021年のミラノ大会ではインドネシア豆で世界7位に入りましたが、勝つためには「抽出誤差を許容できる豆(=スコアが安定して高得点を出せる豆)」が必要と判断し、今回はパナマのゲイシャとコロンビアのアヒを選択。そこには、「勝利によって大きな発信力を得た後に、改めてインドネシアの豆を世界に広めたい」という強い意志がありました。
■競技がもたらした生産者との対話
2018年頃から、インドネシア国内では競技会での使用が義務付けられたことをきっかけに、バリスタと農家の対話が活発になったといいます。
「バリスタが“こういう発酵方法がいい”と農家にリクエストすることで、農家側も品質への意識が高まり、より高値での販売が可能になったんです。」
競技という場が、業界全体の品質向上やエンゲージメントの促進につながっている好例と言えるでしょう。
【Part2】伝説のプレゼンテーション「マインドフルネス」をテーマに取り入れたきっかけとWBC優勝までの道のり
Part2では、彼のコーヒーとの出会いからバリスタとしてのキャリアの原点、そして「人生をかけて追い求めた夢」にまつわる物語が語られました。表彰台の頂点に立つまでに積み重ねた12年の歩みと、彼が勝利を手にした理由が、いま明かされます。
■少年時代の“最初の一杯”は…牛乳に混ざったインスタントコーヒー
幼少期に喘息を患い、チョコレートが禁止されてしまったミカエル少年。味気ない牛乳を嫌がる彼に、母親が少量のインスタントコーヒーを混ぜたことが、彼のコーヒー人生の始まりだったといいます。
「あのとき、無意識に“中毒”になっていたのかもしれません(笑)」
■メルボルンで見つけた「生きがい」=コーヒー
大学時代を過ごしたオーストラリア・メルボルンで、カフェ文化に魅せられたミカエル氏。ファッション業界のアルバイトから転身し、皿洗いやホール業務を経て、バリスタとしての道を歩み始めました。
その転機は、2013年にメルボルンで開催されたWBC。
「“世界一のバリスタ”という道があるんだと知った瞬間、“これが自分の生きがいだ”と確信しました」
以降の人生は、「その夢に一歩でも近づけるかどうか」で全ての判断をしてきたと語ります。
■キャリアと夢が重なるように──4つの会社と競技の連動
2019年のボストン大会を機に、コンサルティング会社を設立。2021年には輸出会社、2023年にはカフェ「oma」をスタート。
「自分のチャンピオンシップ人生が、自分のリアルな仕事や生活とリンクするように、会社を立ち上げてきました」
彼のビジネスの根幹には、常に競技とコーヒーへの真摯な情熱が流れています。
■優勝の瞬間は“頭の中のシミュレーションの再現”
優勝したWBC釜山大会では、まるで“リハーサル”のように自分の動きを再現していたというミカエル氏。
「何度も頭の中でイメージしてきたので、現実が来たときには自然とその通りに動いていただけで、“勝った”という実感は後から少しずつ湧いてきました」
■焼け尽きた心──2年間の沈黙と再出発
2021年ミラノ大会での敗退後、彼は燃え尽き、2年間競技から距離を置くことに。
「チャンピオンになりたい気持ちは変わらなかったけれど、自分の中に“話すべきこと”がもうなかった。探しに行くしかなかった」
その間、妻がインドネシアチャンピオンになるという偶然も重なり、自分は表舞台を譲るべきだと感じたと語ります。
■2024年、最後の挑戦に選んだ“心・技・体”のテーマ
復帰を決めた釜山大会では、「心・技・体」の三位一体をプレゼンテーションの軸に据えました。
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心(Mind):コロンビアの革新的な発酵プロセスを経た豆
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体(Body):頭で描いたことを身体で実践する技術の象徴
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魂(Soul):透明感ある“洗練された一杯”を表すウォッシュトのゲイシャ種
「心の表現には創造性を、魂の表現には純粋さを。だからこそ、トレンドを分析した上で、あえて“加工の少ない”豆を選びました」
競技者としてだけでなく、ストーリーテラーとしても傑出した存在であるミカエル氏の哲学が詰まった選択でした。
【Part 3】世界大会で使用するコーヒーをどのように選択したのか?競技会を席巻する生産者&エクスポーターが登場
WBC優勝の舞台裏には、彼を支えたコーヒー生産者たちとの深い信頼関係がありました。Part3では、使用されたコロンビア産コーヒーの生産者たちと、その革新的な取り組みが明かされます。
■ロハスビーンズ代表 カンポス氏との出会い
Part3の冒頭に登場するのは、日本語も堪能なコロンビアのスペシャルティコーヒー輸出会社「ロハスビーンズ」の代表カンポス氏。
彼は日本に15年間住み、国際基督教大学(ICU)と上智大学で学び、駐日コロンビア大使館勤務などを経て、現在はロハスビーンズを通じてコロンビア産コーヒーを世界に届けています。
「私たちは単なる農産物ではなく、文化と革新を届けています。」
■生産者 ネストル・ラッソ氏(El Diviso農園)
続いて登場したのは、ミルクビバレッジに使用された豆を生産したネストル・ラッソ氏。彼の農園「Finca El Diviso」は、三代続く家族経営の農園であり、発酵プロセスや品種選定など、実験的かつ科学的アプローチで高品質なコーヒーを追求しています。
ミカエル氏が提案した発酵プロセスを取り入れ、インドネシアの“ルワック”の発想を応用した「Luwakis」という独自の手法も共同で開発。
「ミカエルとの出会いは、コーヒーの可能性を広げるきっかけになりました。」
■生産者 ジョアン・ベルガラ氏(Las Flores農園)
次に紹介されたのは、ウィラ県に位置する「Finca Las Flores」の代表、ジョアン・ベルガラ氏。1990年代から高収量の栽培に取り組み、やがてスペシャルティへと方向転換。El Diviso農園と連携しながら、品種・発酵・乾燥のすべてにおいて革新を進めてきました。
「私たちのゴールは、常に“次の時代のコーヒー”をつくることです。」
■ミカエルが語る、生産者との関係性
ミカエル氏は2023年10月、ロハスビーンズを通じてEl DivisoやLas Floresの農園を訪問。そこでの滞在経験が、単なる「コーヒー選定」以上の意味をもたらしたと語ります。
「一緒に食事をし、語り合った時間が、カップへの信頼感を深めてくれた。“人”と“関係性”こそが、カップの一部になるんです。」
彼にとって“味”だけではなく、“誰と共につくるか”が極めて重要な要素でした。
■コロンビアとインドネシア──2つの国の未来をつなぐ
ミカエル氏は、インドネシアとコロンビアには共通点が多いと語ります。どちらも家族経営が多く、小規模農園が主体であること。そして、若者の農業離れという課題も。
「だからこそ、コロンビアの若き生産者たちの挑戦は、インドネシアの未来のロールモデルになり得ます」
競技の世界で得た知見を、自国に還元する。彼の取り組みは、まさに“世界一”の名にふさわしいものでした。
【Part4】世界大会で優勝したコーヒーを実際に抽出!人生を変えるコーヒーの力
Part4では、彼がWBC(ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ)で使用したコーヒー「Ají Bourbon(アヒ・ブルボン)」の魅力を実際に抽出しながら解説。そして最後には、世界のバリスタに向けたメッセージが語られます。
■WBC優勝豆「Ají Bourbon」を味わう
ミカエル氏が2024年WBCで使用したのは、コロンビア・ウイラ産の「Ají Bourbon(アヒ・ブルボン)」というユニークな品種。
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エスプレッソでは、トロピカルフルーツやライチの凝縮感あるフレーバー
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ミルクビバレッジでは、日本のクリーミーな牛乳と絶妙に調和
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フィルターコーヒーでは、ランブータンや白桃、マンゴーなどの繊細で甘やかな印象へと広がり
「温度が上がるにつれて甘さも増し、長く続くアフターテイストが素晴らしい」──とミカエル氏自身も太鼓判を押します。
■なぜ「Ají Bourbon」なのか?
このコーヒーの生産者であるNestor Lasso(ネストル・ラッソ)氏によると、「Ají Bourbon」はブルボン種の突然変異によって発見された品種であり、チェリーの段階からスパイシーで独特の香りを持っていたとのこと。現在では、生産性・品質ともに評価が高く、コンペティションでも数多く使用されている注目の品種です。
■バリスタたちへの“最後のメッセージ”
インタビューの最後に、ミカエル氏は世界中のバリスタたちへ向けて、力強い言葉を贈りました。
「コーヒーには、人の人生を変える力がある」
「たとえ小さなカフェで働いていても、大舞台で競技していても、自分の手元にあるその一杯には“誰かの人生を動かす力”があることを、どうか忘れないでほしい」
それは、自身のキャリアを通じて幾度となく実感してきた「コーヒーの力」への確信でもありました。